米 山 日 記
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三輪田米山(みわだ べいざん)
三輪田米山(一八ニ一~一九○八)は,伊予国の神官で書家として有名。彼の書は豪壮で気宇
壮大,特に小字数の大字は造形性にすぐれ,近代書の先駆をなした。
彼の書道芸術としての価値は高く評価され,愛媛県立美術館において数回の展示会が開催され,
学術雑誌等においても数多く研究・紹介されている。
二十八歳で家督を継ぎ,高房(漢学者)と元綱(国学者)の両弟を,江戸・京都に遊学させる
など,「三輪田の三兄弟」として世評が高かった。
「筆法家に能書なし。習うにしかじ」(六十一歳)など数々の名言がある。
米山日記
米山の日記は,家職を継いだ嘉永元年(一八四八)二十八歳からはじまり,明治三十四
年(一九○一)八十一歳まで,五十三年間を詳細に記述したものです。
その数約三○○冊にも及ぶとされていますが,愛媛大学図書館は,その大半の
二○ニ冊を所蔵しています。
「諸用日記」は,嘉永戊申元年八月廿六日から明治四年十月十八日まで,「三輪田祠官
家記」は,明治辛未十二月十二日から明治十三年十月廿四日,「三輪田春元日記」は,明
治十三年十月廿四日から明治三十四年十二月三十一日までとなっています。
その内容は,新暦年月日から旧暦月日・干支・曜日とその日の天気,公文書の控え,
自身の行動,特記見聞,交友,祝詞原稿,占い,歌,新聞記事,世相,祭式など多岐に
わたります。
米山の書と酒は余りにも有名ですが,酒による失敗談も随所にあり,「無酒にて認めし
故いつもほど出来よろしからず」(明治十九年四月十九日,六十六歳)は,酒と書をこよ
なく愛した米山ならではの言葉です。
明治三○年四月廿二日の日記には,「常貞若年の時より,内の事のみならず,世上何く
れと認め置きし故,役に立ってよろし」にあるように,後世の役に立てたい気持ちからの
記述が強いと感じられます。
参考文献
浅海蘇山著『米山:人と書』(墨美社 1969)
『山本発次郎遺稿』(山発産業 1953)
『松山市史料集』第8巻(松山市役所 1984)
『愛媛こどものための伝記』第17巻(愛媛県教育会 1988)
『三輪田米山游遊』(木耳社 1994)
『三輪田米山名作展』(愛媛県立美術館 1990)
『三輪田米山石文展』(愛媛県立美術館 1996)
『墨美』131,133号(墨美社)
『近代日本の書』「墨」10月臨時増刊(芸術新聞社 1981)
『墨』51号(芸術新聞社)