松山八社八幡


松山八社八幡の一つ 朝日八幡神社

「伊予太陽寺社故郷世諺集曰く,河野家家譜に延久五年(1073)国司伊予守源頼義の命により八ケ所八幡,四九ケ所の薬師堂を建立せり。」

一番湯月八幡(伊佐爾波)道後桜谷
二番桑原八幡畑寺町
三番日尾八幡南久米
四番正八幡 (小栗:雄郡神社)小栗町
五番日招八幡保免町
六番山崎八幡(朝日八幡)南江戸
七番帰熊八幡(還熊八幡)御幸町
八番勝山八幡(阿沼美神社内)味酒町

 祭神の八幡大神は,足仲彦尊(仲哀天皇),息長帯姫命(神功皇后),誉田別尊(応神天皇)の三人をいう。松山八社八幡もほとんどがこの三人が主祭神で,そのほか多くの神様が一緒に祀られている神社もある。 仲哀天皇のお后が神功皇后で,応神天皇はその子供である。

源頼義

 源頼義は,永承六年(1051)に起きた,「前九年の役」に陸奥守,鎮守府将軍として奥州の安倍頼時を討ち功績をあげ従四位,伊予守となる。
 鎌倉に鶴岡八幡宮を建立,八幡太郎義家はその子供である。永保二年(1082)11月3日没。享年88歳。
 石手寺の入口門前の松のそばに頼義の墓といわれる五輪塔があり,国の重要文化財に指定されている。