
小説「坊っちゃん」の主人公、「坊っちゃん」のモデルは弘中又一先生と言われている。
漱石研究家、宮崎俊彦氏(昭和57年没)によると、弘中又一は山口県人で、同志社出身。漱石とほぼ同時期に松山中学に数学教師として着任、明治28年11月、在職8ケ月で東予分教場(のちの西条中学)に転任した。その後、徳島第二分校(のちの富岡中学)を経て埼玉県の熊谷中学に転じ、退職後も熊谷に住んだ。松山中学に単身赴任したときは既に結婚しており、「文芸春秋」に「坊っちゃんは独身ではなかった」という一文を寄せている。
松山では、シッポクうどんを4杯平らげて「一つ弘中シッポクさん」と教師の数え歌に謡われた。ちなみに、漱石は、「七つ夏目の鬼瓦」と謡われた。いつも難しい顔をしていたためと思われる。