伊予節



伊予節も 唄ひ習へり 春の雨   霽月

 愛媛を代表する民謡である。
 伊予節は文政のころから天保時代にできたものといわれ,当時大阪で流行,江戸に移っていったといわれている。
 全国の数ある民謡の中でも,最も謡いこなすのが難しい3つの民謡の内の一つといわれ,節まわしをマスターするのに3年はかかるといわれている。伊予の名物名所を巧みによみこんでいる。

 伊予の松山名物名所
  三津の朝市 道後の湯
  音に名高き五色素麺 十六日の初桜
  吉田さし桃 小杜若
  高井の里のていれぎや
  紫井戸や片目鮒
  薄墨桜や緋の蕪
  チョイト 伊予絣

三津の朝市
元和ニ年(1616)に藩主加藤嘉明の許可を得て,地元の下松屋善左衛門が魚問屋を開いたのに始まる。

  「朝市や鯛にかぶさる笹の露 子規」

道後の湯
古くは熟田津の湯といわれ,伊予の石湯とも称される。日本最古の温泉。小林一茶も寛政7,8年二回来遊している。

  「寝ころんで 蝶泊まらせる 外湯哉 一茶」

五色素麺
寛永12年(1635)桑名藩主松平(久松)定行が松山に移封され,そのとき長門屋市差衛門という素麺製造商が随行,これを製造した。
十六日桜
十六日桜は,松山市山越桜谷にあり,毎年旧正月16日に咲くのでその名がある。一名「考子桜」ともいう。

  「うそのような十六日桜の咲きにけり 子規」

吉田さし桃
松山市吉田は,江戸時代ももの産地であったが,宝暦年間に高潮があり,砂のため桃の木も埋没したが,春には芽吹き花が咲き,あたかも桃の花を挿したように見えたという。
小杜若(こかきつばた)
北条市腰折山に産し,元禄時代にその名が見え,学名を「エヒメアヤメ」という。花は4月初旬に咲き,一茎一輪咲きで国の天然記念物となっている。

  「小包に 小杜若の しをれたる 子規」

高井の里のていれぎや
松山市高井の里に自生するこの地方の特産の水草。清流の底に生え,摂氏15度くらいの冷たい水に適している。学名「オオバタネツケバナ」

  「秋風や 高井のていれぎ 三津の鯛 子規」

紫井戸
松山市木屋町にある。今は水が枯れている。一日に水の色が七回も変わり紫色になり,不思議の泉といわれた。
片目鮒
紫井戸の近く50mのところにある。伝説によると 弘法大師が修行中に山越の里を通りかかると一人の農婦がたくさんの鮒を焼いていた。大師があわれに思い,もらいうけて近くの泉に放してやるとすでに片目が焼けていた鮒が生きかえった。以来この泉で育つ鮒はみな片目であるという。

  「鮒鱠 鮒に片目の 由来あり 子規」

薄墨桜
松山市下伊台西法寺本堂前にある。昔行幸の天皇の后が病気になり,勅命により一山あげて祈祷し,平癒されたので勅使が薄墨の綸旨に桜をそえて下され境内に植えた。学名「イヨウスズミサクラ」

  「薄墨の 綸旨かしこき 桜かな 極堂」

緋の蕪
正式日野蕪という。寛永12年(1635)桑名藩主松平(久松)定行が松山に移封され,そのとき随行したきた鉄砲鍛冶の岡吉定が,元近江日野の出身であったので,日野から種子をとり寄せて雄郡村・竹原村に植えた。

  「女ども 赤き蕪を 引いて居る 子規」

伊予絣
享和年間,今出の鍵谷カナがかすりの綛絞りを発見,伊予絣をより美しいものとし,日本の三大絣の一つとして親しまれている。

  「花木槿 家ある限り 機の音 子規」