観月庵 (三津)


十一人 一人になりて 秋の暮

(子規)


 昭和35年に建てられた文字は極堂の筆に成る。
 この句は,子規が松山において最後に詠んだものとなった。
 明治28年夏より愚陀仏庵漱石と同居すること五十余日。
 子規は明治28年10月17日漱石,極堂ら十八人で送別会を催したあと松山を立って上京の途についた。
 その日三津浜久保田回漕店に宿泊した。
 18日松風会員十人が子規をたずねてにぎやかに別盃をくみかわした。
 夜ふけて一同が名残を惜しみつつ帰っていくと,あとはただ子規ただ一人,秋灯の下に孤影悄然,秋の暮れの淋しさがひしひしと胸をみなぎった。

  せわしなや 桔梗に来り 菊に去る (子規)