円光寺


風呂吹を 喰ひに浮世へ 百年目

冬さひぬ 蔵沢の竹 明月の書
子規


 「風呂吹」の句は,明治29年(1896)冬の句で「明月和尚百年忌」の前書きがある。
 明月上人は享保3年(1718)山口県に生まれ15歳から松山の円光寺で修行,京・堺に学び,詩文・書にすぐれ奇行も多かった
 特に書は,当時越後の良寛,伊予の明月と言われた。
 寛政9年(1797)7月23日,79歳で没した。
 「風呂吹」(ふろふき)は,大根・蕪をゆで,練り味噌で食べる料理で冬の季語。
 昭和59年4月1日建立。


 「冬さひぬ」の句は,明治30年冬の句。「草庵」と前書があるので,この句は子規庵の室内で詠んだことがわかる。
 蔵沢(ぞうたく)も明月も当地の名筆であった。
 蔵沢は吉田蔵沢(ぞうたく)松山藩の代官であり,墨絵で竹を描いては名手といわれた。

  蔵沢の 竹を得てより 露の庵    漱石 (明治43年の句)

 子規の家に蔵沢の竹と明月の書があった。その明月の書は,虚子の結婚記念日に贈った。
 蔵沢の墨竹は,子規堂に飾られている。
 昭和59年7月22日(明月の命日前日)建立。