東雲神社石段



社壇百級 秋の空へと 登る人

(子規)


 明治28年9月21日午後。松風会員 愛松,碌堂(極堂)梅屋と共に,ニ番町の愚陀仏庵から御幸寺山麓まで散策した時に詠んだ句。 社壇百級とは,東雲神社の石段で,この石段を登り,松山城天主閣へ向かう人を詠んだ。
 文政6年(1823)に久松定通によって建立された東雲神社の石段は二百一段もあって,高く見上げると,澄み切った秋の空へと届いている。
 病気療養中の子規にとって,この日の前日「今日の日はいつになく心地よければ」と散策集の冒頭で述べているようにこの日も秋空のように晴れわたっていたに違いない。
 東雲神社は,松山城の鬼門除けとして東麓にある。
能舞台は立派で,春秋ニ回の能狂言は松山藩のほこりうるものであった。

   能のある 東雲様や 花曇   (虚子) (明治29年)