保健センター前
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三津口を 又一人行く 袷哉 |
(子規) |
明治25年(1892)夏の句。
「三津口」は,松山から三津への出入口に当る交通の要地であるところからこの地名となった。ここから,大きな松並木が三津まで続く。
明治21年10月伊予鉄の坊ちゃん列車が通じるまでは,誰も三津まで歩いていったものである。
「袷」(あわせ)は裏地のついた着物のことで「夏」の季語。
四月から冬の綿入れの着物を袷に着替えこれを「衣替え」といった。
この句は,「風爽やかな三津街道を,また一人袷せ着の軽装の人が通っている のを見つけた」という句意で,そこに初夏らしい感じを抱いて作った句。
百年前の松山初夏の風物詩である。
伊予鉄・市内電車の停留所名も「三津口」から「萱町六丁目」と変わった。
子規自筆。