堀之内公園

 |
梟や 聞耳立つる 三千騎 |
(子規) |
明治25年冬の作。
前書きに「松山堀ノ内」とある。堀ノ内は旧藩時代松山城三の丸として歴代藩主や重臣の屋敷があった。
廃藩後,明治10年6月に松山分屯大隊がおかれ,明治17年に,歩兵第二十二連隊となり,昭和20年の終戦まで続いた。
当時,南堀端の正門には歩哨が立ち,多くの兵隊が営内で軍律厳しい生活を過ごしており城山で鳴く「ふくろう」にも神経をとがらせていたことであろう。
堀之内国立病院前に「歩兵第二十二連隊」と,桜井忠温の「最も愛情ある者は最も勇敢なり」の記念碑がある。