龍穏寺(十六日桜)


静かなる山下影に庵あり 雪粧(よそ)わせて見る桜かな   西行
西に行き法師もいかに初桜 しばしとてこそ杖とまりけり   一遍上人
人の気を 花に乗せゆく桜かな                  芭蕉
又たくひ世は梅さかり此の桜                   一茶
孝行は筍よりも桜か
めずらしや梅の蕾に初桜
うそのような十六日桜咲きにけり                子規
一輪は咲いて見せたる桜かな                  虚子
一枚に一輪十六日桜かな                    碧梧桐
淡雪に十六日の桜人                       霽月
花に来て寺の田楽よばれけり                  極堂
咲いて一輪ほんに一輪                      山頭火


 十六日桜は,市内山越の桜谷にあり,毎年旧十六日に咲くのでその名がある。
 伝説では,老いた父親が桜の花をみて死にたいといい,孝行な息子吉平(きちへい)が,水ごりをとって祈願したところ
 正月16日に花がさいたことから 孝子桜(こうしざくら)ともいわれる。
 寛政7年一茶がこの桜を見に伊予に紀行している。
 この地の側には,日露戦争で捕虜となり松山で亡くなったロシア人墓地がある。