小栗神社(雄郡神社)



うぶすなに 幟立てたり 稲の花

子規


 昭和28年の句。
 雄郡神社は正岡家の氏神さま(うぶすな)でもあったので,このように子規が詠んだ。
 また当社を詠んだ子規の句の中に「小栗神社」と前書して次の句がある。

   朝夕に 神きこしめす 田歌かな (明治25年の句)

 「小栗神社」は,小栗正八幡宮ともいい,松山八社八幡のひとつでもあり,明治年代に雄郡神社と改称した。
 主祭神は,仲哀天皇,応神天皇,神宮皇后の八幡三神である。
 慶長年間に兵火にかかり,宝物はことごとく焼失して八町四方の社有地は水田となった。

 松山八社八幡
  「伊予太陽寺社故郷世諺集曰く,河野家家譜に延久五年(1073)国司
  伊予守源頼義の命により八ケ所八幡,四九ケ所の薬師堂を建立せり。

  一番 湯月八幡(伊佐爾波)    道後桜谷
  二番 桑原八幡           畑寺町
  三番 日尾八幡           南久米
  四番 正八幡 (小栗:雄郡神社) 小栗町
  五番 日招八幡           保免町
  六番 山崎八幡(朝日八幡)    南江戸
  七番 帰熊八幡(還熊八幡)    御幸町
  八番 勝山八幡(阿沼美神社内) 味酒町

「湯月でて桑原,日尾,正八幡,日招,朝日,還る勝山」で一廻りできる。