萬翠荘途中
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なつかしき 父の故郷 月もよし |
(高浜)年尾 |
年尾は明治33年東京神田の猿楽町で父・虚子、母・いとの長男として生まれた。本名年尾は子規の命名による。最初「としお」を俳号とし、昭和13年以降「年尾」に改める。
昭和9年民間会社勤めから俳人の生活に戻って、俳句のみならず俳諧の実作と普及に努め、「俳諧」(昭和13年)、「俳諧の手引き」(昭和21年)の著作がある。
昭和34年,父,虚子は85歳の天寿を全うした。その時「ホトトギス」は,760号であった。
昭和21年4月、虚子より「ホトトギス」の運営を任せられたが、昭和26年3月号から「ホトトギス」の雑詠選者となり、名実ともに同誌の主宰となった。昭和55年4月で「ホトトギス」は1000号に達した。この日を待ちに待った年尾は、惜しくもその前年の10月26日に没した。78歳であった。
この敷地はもと虚子の長兄池内政忠が住んでいたこともあり、その前漱石が下宿していた愛松亭には虚子も訪ねたことがあるなど年尾にとってもゆかりの深い地であった。