松山JR駅前南側緑地

 |
石槌も 南瓜の花も 大いなり |
(富安)風生 |
富安風生(1885-1979)は、父三郎、母なかの四男として明治18年に愛知県に生まれる。
本名謙次。母なかの父は「梅月」という俳号をもっていたので、この文学好きの血が母より伝わる。
昭和12年5月、27年間逓信省に勤務して逓信次官として退官した。同年7月、初めて愛媛を訪れ、新居浜に着いたときに、愛媛の第一印象を詠んだのがこの句である。
南国伊予の明るい大らかさを讃えた四国讃歌である。また、四国随一の高嶺も偉大だが、一輪のかぼちゃの花の命も大きい、と見たところに風生流の「花鳥諷詠」があるとも考えられる。「南瓜の花」は夏の季語。
この碑は、門弟中西月龍(元松山市議会議長)により、JR松山駅前広場の東北に、昭和27年9月建立、10月12日に除幕された。その後昭和55年、駅前広場の整備事業のため、駅前東南の緑地帯へ移され、風生3回忌の前日に当たる昭和56年2月21日に除幕式が行われた。