東雲公園



夕桜 城の石崖 裾濃なる

中村 草田男


 昭和9年,帰郷時の作,「裾濃」(すそご)とは,衣服や鎧の縅の色合いで,上が淡く,下方になるほど濃いもののこと。
 この自筆句碑は,草田男主宰の俳誌「萬緑」の会員らが力を合わせ,このすばらしい環境に建立したが,昭和58年8月6日除幕予定のところ前日の8月5日に草田男が急逝したためとりやめとなり,改めて,翌59年8月25日,家族・「萬緑」会員らが出席して,お孫さんの手で除幕された。
 草田男は,自分の句碑建立にはなかなか消極的であったが,県内には,この句碑の外に,温泉郡中島町の松山北高等学校中島分校の正門入口の右に

   一度訪ひ 二度訪ふ波や きりぎりす   草田男

の自筆の句碑がある。