阿沼美神社



 

浮雲や また降る雪の 少しつゝ

(栗田樗堂)


 栗田樗堂(1749-1814)は、松山市松前町酒造業豊後屋後藤昌信の3男として生まれる。本名政範、通称貞蔵。
 同町内酒造家廉屋こと栗田家へ入夫し、養父 与三衛門(俳号は天山)のあとを継いで二畳庵を再興した。寛政7年(1795)と翌年の2度に渡り,この二畳庵に小林一茶の来訪を受けている。この碑のあるあたりが、二畳庵の跡と言われている。
 栗田家は松山きっての造り酒屋で、彼は家業の酒造業で大をなしたほか、町大年寄りを通算30年近くつとめた。若くして俳諧に長じ、句風は上品でやさしく、穏やかで分かりやすい。この句はその樗堂の作風にぴったりの句と言えよう。
 彼は寛政12年(1800)にこの地の西南約200mのところに「庚申庵」を建ててそこに移り、後に文化11年(1814)広島県御手洗島(大崎下島)にて没した。
 碑の文字は樗堂の自筆の拡大である。
 樗堂の句碑の左隣に子規の句碑がある。