松山赤十字病院

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春風や 博愛の道 一筋仁 |
(酒井黙禅) |
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酒井黙禅(1883-1972)は、福岡県八女郡水田村に生まれる。本名和太郎。
熊本第五高等学校より東京大学医学部を卒業し、東大俳句会に入って句作を始めた。
後に、虚子に師事して「ホトトギス」の同人になった。大正9年3月に38歳で日赤病院長として松山に赴任するにあたり、虚子は
「東風の船 博士をのせて 高浜へ」
という句をはなむけに贈った。彼は日赤病院長として1954年まで29年間勤め、生涯句作にも励んだ。
この句は、昭和28年3月、松山 赤十字高等看護学院第44回卒業式に臨席した黙禅が、祝辞の中で詠じたもので、世に出る看護婦諸氏へのはなむけの句である。句碑は同年5月に赤十字関係者によって建設されたもので、愛媛大学の城北キャンパスから道路を隔てた赤十字病院敷地内の市電駅北よりにある。
碑石は,石手川上流で洗い清めたみごとな自然石である。