太山寺



道ゆづる 人を拝ミて 秋遍路

(村上杏史)


 村上杏史(1907-1988)は、愛媛県温泉郡中島町に生まれた。本名清。
 東洋大学卒業後、朝鮮木浦(もっぽ)で新聞記者。昭和8年虚子と会って、翌9年に「かりたご」を主宰し、戦後は愛媛ホトトギス会(酒井黙禅会長)に加わる。
 同会誌「柿」を主宰し、その組織発展に尽くした。「柿」は「花鳥諷詠、客観写生の伝統俳句」を基本とする「ホトトギス」派俳句の本県機関誌。この句は杏史の句集「朝鶴」にあり、昭和38年の句である。
 この句碑は、「柿」が 300号に達したのを記念して昭和47年7月に彼の門下一同が建立したもの。