松山神社
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東風(こち)の船 高浜に着き 五十春 |
(酒井)黙禅 |
松山神社の石段中腹にこの句がある。
「ホトトギス」の同人酒井黙禅が東大医学部を卒業後,日赤松山病院長として東京から赴任したのは大正9年(1920)3月のことで,数え年三十八歳であった。高浜虚子は,
「東風の船博士をのせて高浜へ」
の句を贈って黙禅の前途を祝した。
これより五十年,地方医療や俳句世界に大きな足跡をのこした。伊予在住半世紀昭和47年1月8日翁九○歳の誕生日(3月15日)の日を待たず,没した。
この句は,虚子の句を受けての記念句で,昭和四十七年三月十五日に建之された。
高浜年尾に次の句がある。
酒井黙禅追悼
東風吹くを 待たざりしこと 悔やまるる