日の出町 (石手川公園)




そゝろ来て 橋あちこちに 夏の月

飄亭

新場所や 紙つきやめば なく水鶏

子規


 子規の句は子規句集「寒山落木」第一の明治25年夏の句。
 現在日の出町を素鵞(そが)村小坂といっていた藩政時代,藩は,紙漉(かみすき)職人を高知や周桑(しゅうそう)方面から呼び藩奉書製造に当たらせた。
 「紙つく」というのは,紙の原料のコウゾ・ミツマタを臼でついては,繊維をほぐす作業である。その臼音の小止みの間に,水鶏(くいな)がたたくように鳴くのである。
 これらの人の住む辺りを新場所と呼んだ。その「紙の里」の昔を偲び,土地有志が紙すきゆかりの地に昭和57年11月28日建立した。
 このあたりを明治25年(1892)の夏,散策した際の子規の自筆句である。
 また,五百木飄亭の句碑は,彼の生家がこの句碑の西の方にあったのに因んで建立したもの。
 飄亭は本名良三。別に「犬骨坊」の筆名がある。松山医学校卒。子規より三年あとの生まれ。
 明治22年東京に出て,10月7日子規を訪問,交友を深めて俳句・小説に没頭する。昭和12(1937)年 66歳で没。
 絶筆の句

   客断えて 風鈴の音 一しきり