松山神社は,明和2年(1765)3月,道後の湯月八幡宮(今の伊佐爾波神社)の山祠を,久松定静が,この田高の岡山に移し,徳川家康を祠って「東照宮」と称し,松山城東北の鎮めの神社としたことに始まる。 明治43年(1910)12月,御幸寺山麓の天満宮をこの地に移して,この社に菅原道真公をも合祀して以来,「松山神社」と称し祝谷地区の氏神さまとなっている。 高浜虚子と酒井黙禅師弟の句碑が松山神社の石段にあるのも何やらゆかしい。