子規の病室は庭に面した6畳間であった。東側は押入で、その真ん中の柱には蓑と菅笠が架けてあった。元気だった頃の旅の思い出として。 南側には4枚のガラス障子がはまっていて、庭の様子がよく見えた。明治32年の12月に虚子が建具屋を呼んで入れてくれたもの。冬は日が暖かいし、寝たきりの病人にはこの上もない贈り物であった。当時ガラス戸はまだ珍しく高価なものであった。 子規は此の病室から数多くの句をつくっているがそのうちの1つを次に掲げる。
鶏頭の十四、五本もありぬべし(子規)
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