千秋寺 山門


山門に 即非の額や 山眠る

虚子

 明治37年の作。
 この句は千秋寺(黄檗宗)の山門に掲げている即非(そくひ)の書「海南法窟」について詠んだものである。
 即非は中国から渡来した僧であり、貞享四年(1687)に黄檗宗千秋寺を開いた。当時の伽藍は豪華を誇り松山に過ぎたるものが二つあり「河原乞食(ぽいと)に千秋の寺」と他藩からうらやまれた。
 昭和20年7月26日の松山大空襲で惜しくも焼失したが山門は類焼をまぬかれた。
 即非の額は畳一枚ぐらいの大きさ。
 子規も明治28年9月21日、このあたりを散策して「山本や寺は黄檗杉は秋」と詠んでいる。