| 男ばかりと見えて案山子の哀れ也 鉄砲のかすかにひゞく野菊哉 秋茄子小きものゝなつかしき 六尺の庭にふさがる芭蕉哉 |
稲莚朝日わつかに上りけり 御所柿に雄郡祭の用意哉 稲の穂やうるちはものゝいやしかり |
| 渋柿の実勝になりて肌寒し 山盡きて稲の葉末の白帆かな |
村一つ渋柿勝に見ゆるかな |
| 粟の穂に雉飼ふや一構 | 鵙木に啼く松の梢かな |
| 花木槿家ある限り機の音 | 汐風や痩せて花なき木槿垣 |
| 見ゆるべき御鼻も霧の十八里 | 夕栄や鰯の網に人だかり |
| 鶺鴒や波うちかけし岩の上 薯蕷積んで中島船の来りけり |
新田や潮にさいあふ落し水 浜萩に隠れて低し蜑が家 |
| 方十町砂糖木畠の野分哉 牛蒡肥えて鎮守の祭り近つきぬ 山城に残る夕日や稲の花 |
稲の穂の嵐になりし夕かな 賤か家に花白粉の赤かりき 薮寺の釣鐘もなし秋の風 |
【解説】
今出の 村上霽月の招きに応じ,人力車で向かう途中 正宗寺の釈一宿を誘うが故ありて同伴せず
小栗神社は雄郡神社のこと,神社前西へ土井田村をぬけ 今出街道を通って保免の宮(日招八幡)から 竹の宮三島神社境内の手引松にぬけ,西垣生町三島神社前にある霽月の村居に着く。
帰途立ち寄った余戸の森某は,森円月,河北の家である。
散策集最後の句 「行く秋や我に神なし仏なし」は,病に倒れんとしながらも俳句革新の実を結ばんとする子規の悲痛な叫びである。
| 1. | 9月20日 | 柳原碌堂(極堂)と名刹石手寺紀行 |
| 2. | 9月21日 | 中村愛松・碌堂・大島梅屋と御幸寺山麓紀行 |
| 3. | 10月2日 | 独りで市内南部石手川堤紀行 |
| 4. | 10月6日 | 漱石と道後温泉行,宝厳寺に詣で,帰路大街道で狂言見物 |
| 5. | 10月7日 | 村上霽月に誘われて今出訪問 |