5. 村上霽月に誘われて今出訪問


 明治二八年十月七日   散策方面:雄郡・今出・余戸 (松山市西南部)
今出の霽月一日我をおとづれて来れといふわれ行かんと約す期に至れバ連日霖雨濛々我亦褥に臥す爾後十余日霽月書を以て頻りにわれを招く
今日七日ハ天気快晴心地ひろびろすがすがしければ俄かに思ひ立ちて人車をやとひ今出へと出で立つ 道に一宿を正宗寺に訪ふ同伴を欲する也
一宿故ありて行かず
朝寒や たのもとひゞく 内玄関
小栗神社のほとりに出づ
男ばかりと見えて案山子の哀れ也
鉄砲のかすかにひゞく野菊哉
秋茄子小きものゝなつかしき
六尺の庭にふさがる芭蕉哉
稲莚朝日わつかに上りけり
御所柿に雄郡祭の用意哉
稲の穂やうるちはものゝいやしかり
かねて叔父君のいまそかりし時余戸に住みたまひしかば我をさなき頃は常に行きかひし道なり 御旅所の松,鬼子母神,保免の宮,土井田の社など皆のおもかげをかへずそゞろなつかしくて
鳩麦や昔通ひし叔父が家
をさなき時の戯れも思ひ出されたり竹の宮の手引松は今猶残りて二十年の昔にくらべて太りたるも體も見えず
行く秋や手を引きあひし松二木
余戸も過ぎて道は一直線に長し
渋柿の実勝になりて肌寒し
山盡きて稲の葉末の白帆かな
村一つ渋柿勝に見ゆるかな
霽月の村居に至る宮の隣松林を負ひて倉戸前いかめしき住居也
粟の穂に雉飼ふや一構 鵙木に啼く松の梢かな
庭前の築山に上れば遥かに海を望むべし歌俳薯蕷諧の話に余念なく午も過ぎて共に散歩せんとて立ち出づ

こゝは今出鹿摺とて鹿摺を織り出す處也
花木槿家ある限り機の音汐風や痩せて花なき木槿垣
海辺に彳めば興居嶋右に聳え由利嶋正面にあたるけふは伊予の御崎も見えずとか
見ゆるべき御鼻も霧の十八里夕栄や鰯の網に人だかり
それより海岸にそふて南に行き東に折れ今出村を一周して帰る
鶺鴒や波うちかけし岩の上
薯蕷積んで中島船の来りけり
新田や潮にさいあふ落し水
浜萩に隠れて低し蜑が家
俄かに風起る
方十町砂糖木畠の野分哉
牛蒡肥えて鎮守の祭り近つきぬ
山城に残る夕日や稲の花
稲の穂の嵐になりし夕かな
賤か家に花白粉の赤かりき
薮寺の釣鐘もなし秋の風
夕暮に今出を出て人車を駆りて森某を余戸に訪ふ柱かくしに題せよといはれて
籾干すや雉遊ぶ門のうち
席上一詩あり
雉犬狐村富 松菊三逕間 南窓捲書起 門外有青山
直ちに某家を辞す
白萩や水にちぎれし枝のさき
車上頻りに考ふる處あり知らず何事ぞ
行く秋や我に神なし仏なし
點燈寓居に帰る
【解説】
 今出の 村上霽月の招きに応じ,人力車で向かう途中 正宗寺の釈一宿を誘うが故ありて同伴せず
 小栗神社は雄郡神社のこと,神社前西へ土井田村をぬけ 今出街道を通って保免の宮(日招八幡)から 竹の宮三島神社境内の手引松にぬけ,西垣生町三島神社前にある霽月の村居に着く。
 帰途立ち寄った余戸の森某は,森円月,河北の家である。
 散策集最後の句 「行く秋や我に神なし仏なし」は,病に倒れんとしながらも俳句革新の実を結ばんとする子規の悲痛な叫びである。

散策集
1. 9月20日 柳原碌堂(極堂)と名刹石手寺紀行
2. 9月21日 中村愛松・碌堂・大島梅屋と御幸寺山麓紀行
3. 10月2日 独りで市内南部石手川堤紀行
4. 10月6日 漱石と道後温泉行,宝厳寺に詣で,帰路大街道で狂言見物
5. 10月7日 村上霽月に誘われて今出訪問