
明治26年(1893)〜大正7年(1918) 26歳
自由律俳句の天才俳人野村朱燐洞(本名守隣:もりちか)は,松山市小坂町に生まれる。
少年時代から文学を愛し,明治四十年から松山夜学校(城南高校)に学び,柏葉(はくよう)と号して,短歌,俳句を始め,19歳で俳句結社「十六夜吟社」を結成主宰し,二十歳で海南新聞俳壇の選者となり,23歳で荻原井泉水の層雲の選者となる。層雲の後継者と期待されたが,大正7年10月31日,流行性感冒により26歳で逝去した。
放浪の俳人種田山頭火が来松したのも,思慕する朱燐洞の墓参りと,「十六夜吟社」の復活をはかるためであったといわれる。
昭和14年,山頭火と高橋一洵は「十六夜吟社」を復活して十六夜社柿の会と称した。