秋山真之(海軍中将)は明治元年(1868)好古の弟(五男)としてここ(松山市歩行町2丁目)に生まれた。正岡子規とは小学校空の親友である。 明治23年、海軍兵学校を首席で卒業、日露戦争では名参謀として日本を勝利に導いたことは有名である。明治28年、兵学校時代の友人山路一善、勝田主計らと郷土青少年の錬成道場として松山同郷会を創り、現在財団法人常磐同郷会として ここに引き継がれている。 大正7年51歳で没した。東京青山墓地に眠る。