秋山好古・真之生家



 
秋山好古・真之生家 常磐同郷会
 秋山好古(陸軍大将)は松山藩士秋山平五郎久敬の三男として安政6年(1859)、ここ(松山市歩行町2丁目)に生まれた。
 少年のころは、明治維新の嵐により貧しい環境に育ったが、18歳のとき師範学校を経て 創設時の陸軍士官学校に入り、フランス留学の後、騎兵学校を創立し、日露戦争では満州 の野に大いに武勲を立てた。
 退役後は北予中学校(現松山北高校)の校長、松山同郷会の会長として青少年の教育に 力を尽くした。
昭和5年71歳で没した。は道後鷺谷町にある。

 秋山真之(海軍中将)は明治元年(1868)好古の弟(五男)としてここ(松山市歩行町2丁目)に生まれた。正岡子規とは小学校空の親友である。
 明治23年、海軍兵学校を首席で卒業、日露戦争では名参謀として日本を勝利に導いたことは有名である。明治28年、兵学校時代の友人山路一善、勝田主計らと郷土青少年の錬成道場として松山同郷会を創り、現在財団法人常磐同郷会として ここに引き継がれている。
 大正7年51歳で没した。東京青山墓地に眠る。