夏目漱石寓居・「愚陀仏庵」跡



 明治28年(1895),松山中学校英語教師として,月給八〇円で赴任した漱石は,6-7月の頃,城山山裾の愛松亭から松山市二番町上野義方邸内の二階建ての離れに移った。


上・「愚陀仏庵」二階
 愚陀仏庵は夏目漱石の下宿、愚陀仏は彼の別号。2番町と3番町を つなぐ横町、いまの 料亭「天平」あたり。 上野義方の家の離れ座敷で, 階上階下とも8畳に6畳。
 若き日の両文豪が,五十余日起居を共にした遺跡である。この建物は,惜しくも戦災で 焼け失せたが,「子規記念博物館」三階にその一階の部 分が復元され,また昭和57年萬翠荘敷地内にも復元された 。

下・一階